選択散歩

 今日は散歩に行こうと決めていた保育者。しかし、この散歩は行く方向を子どもたちに選んでもらいながら進む、目的地を決めない散歩だ。

 ただ目的地に向かって、予想通りの道を歩いていくのではなく、どこに行くかは、子どもたち次第で変わっていくというワクワク感が面白いのではないかと考えた。行きたい道を選ぶ時に手を挙げて意思表示をすることは自己表出にもなる。

 こども園の門を出るところから選択が始まる。まっすぐ進むのか、裏の階段を降りるのか・・・最初の選択によって、行き先が大きく変わる可能性もある。

 子どもたちが最初に選んだ道は裏の階段だった。裏の門を出る時にも右に行くか左に行くか、選択する場面が出てきた。道を選ぶ時、手を挙げた人数が多い方に進んでいったのだが、保育者は、自分が手を挙げた方と違う方へ行く事になった時、不満を漏らす子がいるだろうと予想した。そこで思いが通らない事に葛藤をしたり、相手の思いを尊重するという経験もできるのではないかと考えていた。

 しかし、意外にも「こっちが良かった〜。」という子はいなかった。子どもたち自身も「ここに行く!」という目的地が決まっていない分、こだわりもないため、友だちの選択を受け入れているのだろう。行き先を選ぶ理由も『なんとなく』なのではと感じた。

 別れ道にぶつかる度に選択をしながら、道を進んでいくと、予想外の道と繋がっていることに気付く声が上がったり、「この道知ってる!」「ここを行くと私の家があるんだよ。」「こっちに行くと保育園だよ。」「この先を行くと道が3つに分かれてるんだよ。」と自分の知識を披露したりしていた。

 さらに進んで行くと、「こっちに行くとくも公園があるんだよ。」という声がチラホラ聞こえ始めた。それを聞いた、他の子も「くも公園行きたい!」との声が上がってきた。次第に子どもたちの中で、『目的地はくも公園』という事が頭に浮かんでいるようだった。

 今まで、別れ道にぶつかった時、手を挙げる人数に大きな差はなかったが、『くも公園』の名前が出始めてからは、くも公園に向かう道を選ぶ子が増えた。それまで、なんとなく選んでいた道に、目的地が見えてきたことで、子どもたちの意思がまとまり始めた。おそらく、この時にくも公園とは反対の道が選ばれていたら不満の声が出ていただろう。

 そして最後の選択。公園で遊ぶか、そのまま遊歩道を進むか。もちろんくも公園で遊ぶことを選ぶ子が大半だった。遊具の橋を渡ったり、かくれんぼをしたりした後、今度は最短距離でこども園まで戻ってきた。

 

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