ふぞろいの人参

 今日も、園内のあちこちで、たくさんの遊びが広がっていた。

 芝生の種まき後の養生が終了した、園庭オープンの初日。幸運にも、予報より早く雨が上がり、そこは朝から大賑わいとなっていた。

 ボール遊びに砂遊び、廃材を自由に構成してごっこ遊び、台車やリヤカーを使った車遊び。そして、なんと言っても今日のご馳走は、滑り台下に出現した、大きな水溜り。広がる草原、サバンナの一角にポツンと取り残されたような小さな池に集まる、多種多様な動物たち…そんな風景をダブらせてしまう。水辺での目的やその営みが、同じようでいて、動物ごとに少しずつ異なることも、何だか似ている気がする。

 そう言えば、私が園内をぶらついている時、思わずカメラのシャッターを切ってしまう構図がある。それは、一見バラバラなものが、無造作に集まっている様子。

 それは何だっていい。粘土細工だったり、コップだったり、靴だったり、群衆だったり…ちょっとずつ、色や形が違っているその全体が、わけもなく私の感性を揺さぶるようだ。

 かといって、粘土細工とコップと靴が一緒に並んでいればどうかと言えば、きっとそうした風景は、あまり気に止めないのかも知れない。同じ素材でできているけれど、目的や用途は同じだけれど、それは同じ仲間なのだけれど、みんなちょっとずつ違っている…そんな感じが、かっこよく見えるのだ。

 そして時に、少し大きく違っているものが混ざっていることも、それがまた、いいアクセントになって、全体を引き立てたりもする。

 先日、当園の栄養士から、こんな話を聞いた。

 給食で小さく切った温野菜を配膳していた時、「どの人参がいい?」と尋ねると、「丸い人参ちょうだい」とのこと。それをさらに半分にしたものもあったため、大きいものを選んだのかなと思っていたら、何と「丸い方がかわいいから」との説明に、考えさせられた彼女。そして、別の子からは、「ここに置いて」と、わざわざ、食材を置く位置を、見本食とは異なる位置に指定され、少し戸惑ったとのこと。しかし、食事の最後の最後に、その大好きな食材に手を付ける姿を見て、なるほどなと感じ入ったとのことだった。

 給食を提供する立場の彼女は、今までは、切り分ける形はどれも均一に、盛り付けは一定の型を押さえて…それが、誰にでも、料理を綺麗に、美味しそうに見せるコツなのだと考えていたそうだ。

 しかしこの日以来、私は食材の個々の形に、少しバリエーションを持たせてみることにしました…そんな彼女の言葉だった。

 そして、もう一つ。園内で書かれた、ある5歳児の保育記録を思い出す。

 それは、みんなでスライム作りをした時のこと。出来上がったスライムを細長く伸ばし、床の上に寝転んだ担任の背丈と、長さを比べ始めたHちゃん。それを見ていた友だちが、担任の背が低いことを、ふざけてからかった時の、Hちゃんの言葉。

 「いろんな人がいて、それでいいと思う。だって一緒だったら、つまらないもん」

 「いろんな人」がいることを、私たち大人は「多様性」と呼ぶ。それは大事なことなんだよ、と道徳的に諭してしまいそうなことを、「つまらない」という自身の感覚に置き換えながら語る彼女の感性には、はっとさせられる。

  みんなが違っていること、一見バラバラに見えること…実は「綺麗」で、「面白い」ことなのだそうだ。 

(園からの便り「ひぐらし」2021年11月号より)

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