芝と排水と私

 初夏に近づくにつれ、草木の成長も、ぐんと勢いを増す。そして、ここからまた、園庭に芝刈り機を走らせる季節がやってくる。

 ひさしぶりに回すエンジンの響きは快調だ。気持ちよく園庭に滑り出すと、あっという間に子どもたちに囲まれる。
 「園長先生、何やってるの?」
 どんな作業をしていても、第一声はいつもこれだ。芝刈りという大人には単純な作業であっても、これを子どもが納得できるように説明するというのは、案外簡単なことではない。

 相手の理解力もそれぞれなので、うまく返していかないと、この質疑応答の応酬は永遠に終わらない。そしてそれを、後から後から登場する子どもたち一人一人に応じていては、作業が一向に進まないという事態が生じてしまうのだ。

 しかし私には、この長年の鍛錬により会得した、相手を黙らせてしまう必殺の返し技がある。

 「見ていれば、わかる」

 その言葉を聞いた者から、さらに切り返されたことは、まだ一度たりとものない。
 「何してるの?」と問い掛けることのできる思考力がある子どもであれば、この私の言葉には、「そりゃそうだ」と納得してくれるようなのだ。

 そして、しばらく傍らで観察した後に、「○○をしてるんだね。」と伝えてくれる。その言葉に「そうそう」と相槌をうちながら、子どもの理解力や語彙力に応じて、そんなうまい表現があったのか!と、密かに私の方が学んでいる…一粒で二度美味しい、そんな必殺の言葉なのである。

 そして、この言葉を使う時は、「わかる」の前に、「きっと、お前なら」という思いを込めることを忘れないでいたい。
 
 芝刈り機の登場に歓喜するのは、主に幼児期の子どもたち。
 パタパタとエンジン音を響かせて、ぐいぐいと突き進む芝刈り機の前方で、戦隊ヒーローよろしく、えい!と両手を突き出し戦闘ポーズを決めながら、迫り来る芝刈り機から逃げ回るのが、本当に楽しいらしい。

 芝刈り機の袋が、刈り取った芝でいっぱいになると、一旦エンジンを止め、それをビニールのゴミ袋へと移す。そして、世界の平和を守るため、その袋を、エッサエッサと門の脇へと運んでいくのも、ここのヒーローたちの仕事。

 袋を置くやいなや、舞戻ってくると、「さあこい!」と、再び前方で、身構える子どもたち。こんな戦いを6回ほど繰り返すと、この時期の芝刈りは終了する。

 今年の5月は、思いの外、雨降りが多い気がする。
 園庭の築山に設けた幅の広い滑り台は、その斜面が大きな雨受けとなり、その度に麓には大きな水溜まりができる。するとそこは、絶好の池遊びの場所に化けるのだが、乾く前にまた雨が降ると、一向に滑り台が使えないという状況が続いてしまう。

 そこで活躍するのが私が買い揃えた排水キット。赤い手引きワゴンの中には、電動ポンプやホース一式がセットされていて、そろそろかなというタイミングで、コロコロとワゴンを引きながら、また私が登場するのである。

 この時に集まってくるのは、どちらかというと少し年齢が下の子たちか。
 ホースリールを回してみたり、汲み出す水で膨らむホースを押してみたり、その上を綱渡りのように渡ろうとしたりと、少し厄介なこの子たちに、「見ていれば…」は通じない。

 いちいち私に問いかけない代わりに、ホースの継ぎ目から、細く高く噴き上がる噴水に、嬉々として手をかざそうとしている。とにかく何でもいじってみたくて…私が何をしてるのかなんて、どうでもよいわけだ。
 この子たちに掛けるべき言葉は、「触ってみれば、わかる」となるに違いない。

 見ればわかる者もいれば、触れなければわからないという者たちもいる。
 一体全体、「わかる」とは何だろう。

 ただこうやって、子どもたちは教えてくれる。人は、わかりたいと思うことしか、わからない…けれど、わかりたいと思うことは…自ずと…わかっていく。

(園からの便り「ひぐらし」2022年5月号より)

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