見守ること

 大きな声に振り返ると、玩具を使いたいと主張し合っている2人。そして、それを見つめる子。互いに譲らず、思いを言葉や行動で表現していた。

 「先に使っていた。」と言っても、真相は色々。先に使っていたところを、急に持って行かれたという場合もあれば、その場を少し離れた隙に他の子が使い始めたという場合もある。

 そういった状況は、子ども同士のやり取りを見ているうちにだんだんとわかってくることも多い。 

 保育者が直ぐに止めに入り、「先に使ってたって言ってるよ。返してあげて。」と言うのは簡単だが、それでは子どもたちがどう思ってその行動をしたのかや、そうなるまでの経緯がわからない。また、双方の気持ちに寄り添ったことにもならないと思う。

 そして、最近では、子どもたちだけで折り合いをつけることや、友だちの仲裁により解決することも少なくない。

 そのため、今回は、やりとりを少し側で見守ることにした。

 しばらく続いた主張のぶつけ合い。一人が玩具を持って立ち去り、もう一人が泣くのを我慢している。

 立ち去った子は、相手が気になるようで、離れたところから様子を伺っている。泣くのを我慢している子も、やはり相手が気になるようで、チラチラと確認している。互いに気になってはいるようだ。

 声を掛けたくなる気持ちをグッと抑え見守り続けていると、そこへ、車の玩具を2つ持って来る子が。

 「どっちがいい?」と尋ねられると、パッと顔を上げて、使いたい車を指差した。そして、2人で遊び始めたのだった。

 一方、離れたところからその様子を見ていたもう一人も、相手が泣き止み遊び始めたのを見て遊び始めた。きっと泣き止んだのを見て安堵したのだろう。

 こういった場合は、まずは見守ってみるという選択が、やはりよさそうなことを確信した。保育者が間に入れば、「先生がこう言っていたから。」で終わってしまうことでも、それをしないことで、自身で考え行動する経験、気持ちを言葉で表現する経験など、様々な経験が生まれる可能性があることを改めて感じた。

 そして、「どっちがいい?」という、友だちの気持ちを、一瞬で立て直してしまう素直なひと言には、本当に感心した。

 今日は朝から雨が降っていたので、室内で小麦粉粘土・運動遊び・ペン画・シール貼り等を楽しんだ。

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