小さき者たち

 朝、保育園に出勤すると、ひなたちゃんが駆け寄ってきた。

 ひなた「先生!!『かが』がいたからやっつけた!」

 その掌を見ると一匹の蚊が潰されていた。『かがが』ではなく、『蚊が』だったのだ。いかにも子どもらしい言い間違いに、朝から気持ちが和らぐ。そんな保育者のもとに他の子も捕まえた獲物を手に寄ってくる。

 光義「先生。わらじ虫。」

 叶芽「ダンゴムシ捕まえた。」

 潰さないようにそっと握っていた手を、保育者に見せようと開くと逃げ出す虫たち。それをまた「待て待て」と捕まえる。

 小さな生き物は子どもたちの絶好の遊び相手だ。特にダンゴムシやわらじ虫は捕まえやすく、そこそこ強い生き物なので、捕まえたくらいでは死ぬことはない。

 玲音「先生。裏開けて。」

 奏音「トカゲ捕まえたい。」

 とり(年長)くらいになると、トカゲやバッタ、蝶など、少し大きい生き物に夢中になっていく。それは捕まえるのが難しいからこそかもしれない。なかなか捕まえられないからこそ、捕まえた時の達成感や満足感が増すのだろう。

 ダンゴムシはどこにでもいるが、トカゲはなかなか見つからない。今日も、畑、園舎裏などを隈無く探すが、全く見つからない。子どもの捕獲スキルが上がった分だけ、トカゲも経験を積むのか、隠れる能力が向上している気がする。

 そんな時、奏音くんの叫び声が聞こえた。

 奏音「先生!!!早く来て!虹色トカゲ見つけた!!」

 玲音くんと一緒に駆けつけると、柵の外の切り株に小さい虹色トカゲ(ニホントカゲ)がいた。しかし、そこは柵の外。「せっかく見つけたのに、捕まえられない。」と呟く二人。こうなると、元トカゲハンター小西の血が騒ぐ。

 2本の網を駆使して、さっとトカゲを捕まえた。

 奏音「コニすげー!」

 玲音「どうやったの?」

 喜こんだ二人は、早速、虫かごを用意して、そこに土を敷き詰めた。そして、トカゲを見ようと集まってくる年下の子どもたちに「触るのはちょっとだけね。」「そっと触るんだよ」「尻尾持つとキレちゃうから持たないで」と声をかけている。

 そんな二人を見ながら、一ヶ月ほど前の保育者同士の話し合いを思い出していた。

 それは、子どもたちが虫を捕まえては放置したり、触りすぎて死なせてしまったりすることが頻発している状況を、どう考えるのかということ。「捕まえる体験は大切」「でもあの状況はやっぱりかわいそう」「でも保育者も蚊や蜂は殺すよね。他の生き物と何が違う?」「人間に害を及ぼすよね。」「じゃあ、ゴキブリは?」「それは…」「カマキリの餌としてバッタを食べさせるのは残酷?」などなど、たくさんの話が出た。

 そして、議論を重ねた末、一律のルールを決めるのではなく、「先生は、こういう理由で可哀想だと思う」という保育者の思いを伝えていくことになった。

 そして今日。二人の様子を見ていると、少しずつ保育者の思いが浸透しているように感じた。裏を返すと、保育者の価値観が、子どもたちの考えや行動に影響を与えて「しまう」とも言える。毎日を子どもたちと過ごすという、特別な立場にある保育者だからこそ、自分の何気ない思いや価値観などについても、自問自答を続けなければいけないと思うのだった。 

前の記事

衣装作り

次の記事

挑戦に夢中