山桃研究所

 「先生、雨降ってないよ」という子どもたちの声に、窓の外を見ると、道行く人が傘を畳んで歩いている。「雨、やんだのね。よし、外に行こう」と子どもたちに話したものの、今日も蒸し暑く、長い時間外にいるのは辛そうだ。室内遊びと園庭遊びの好きな方を選べるようにし、園庭遊びは短かめにと思いながら、子どもたちと外へ出た。

 園庭には山桃が沢山落ちていて、両手いっぱいに拾い集めている。果汁がついて赤くなった手を保育者に見せる子どもたち。10日ほど前に、砂場で山桃パーティーをしたことを思い出した。今日は透明なコップを用意して、山桃の色水を作ってみようと思った。

 コップに水と山桃を入れ、泡立て器で潰すと、透明だった水がたちまち薄いピンク色に変わっていく。コップを手に、それぞれ同じようにやってみるが、潰すのにはコツがいる。泡立て器の中に山桃が入り込んでしまったり、揺れるように水の中で動く山桃を捕らえ切れず、うまく潰せない子もいる。

 試行錯誤しながら山桃を潰し、色水を作っていく子どもたち。その表情は真剣そのものだ。ほとんど言葉も交わさず、自分の仕事にひたすら取り組んでいる。

 しばらくすると、友だちの様子が気になるようで、隣の子がどのように遊んでいるのかを、身を乗り出して観察する子もいる。違いを確認するかのように、自分のコップと友だちのコップに視線を行き来させる子もいる。

 周囲を観察し、友だちのやり方を真似たり、道具を変えたりしているが、やはり会話はない。頭の中で、あれやこれやと考えを巡らせているに違いない。

 夢中になるあまり、顔がコップにくっつきそうになる。周りから刺激を受けながらも、自分の思ったことを、自分なりのやり方を試しているのだ。ここはまるで、子どもたちの研究所だ。

 何か特別な目的や目標を持っているわけではない。関心を持ったことに対して、思いつく限りの様々な働きかけをしているのだ。保育者は子どもたちの様子を見て、砂場の玩具を持ってきたり、水を汲む手伝いをしたりと、子どもたちの実験が、より創造的なものになる手伝いをしていく。

 色水を上手く作れるようになってくると、少しずつ言葉を交わす姿が現れてきた。「ねえ、実の中に硬いのあるよ」と発見を伝え、「お水入れてあげる」と協力して遊ぼうとしている。

 自分のやりたいことに一通り満足すると、今度は、友だちの遊びに目を向け、関わりを持とうとする。それは、自分の研究の中で発見したことや感動したことを、友だちにも伝えたいという思いの表れ。こうした個々の心揺さぶられる経験こそが、実は友だち関係を紡いでいく。

 だからこそ、こんな風に真剣に遊び込む経験を、たくさん作っていきたいと思う保育者だった。

 そして室内では、ままごとやパズルなど、思い思いの遊びを存分に楽しんでいた。

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