本物を売りたい

 一ヶ月程前、数名の子どもたちが、何やらいそいそと準備をしていた。様子を見ていると、

 日和「足りるかなー。」

 玲音「看板作らないと、何屋さんかわからないよ。」

 颯太「今日は、颯太くんがお店に立ってるね。」

 子どもたちの手元には、手作りの飴やペロペロキャンディーが。

 保育者「ここはお店やさんですか?」

 子どもたち「うん!お菓子屋さんなんですよー。赤ちゃんたちも買っていくんだよ。」

 幼児の子どもたちでだけでなく、園庭遊びをしている乳児の子どもたちにも売っていると言うから驚き。たくさんの商品が必要で大変そうだなと感じたが、子どもたちは、たくさんの友だちに買ってもらえる嬉しさと、みんなで考えながら発展させていく面白さを感じているようで、「さあ、今日も忙しくなるぞー。」と意欲的だ。

 しかし、他の遊びにも興味はあるので、「じゃあ、もう少ししたら交代ね。」「この次が、なっちゃんがお店屋さんの番だよね?」と、店番を時間で交代するシフト制を導入して、他の遊びも一緒に楽しんでいた。時々、他の遊びに夢中になって時間に遅れ、「ちょっとぉー。」と、言われている子どもいるところも微笑ましい。よくここまで、子どもだけで遊びを作り上げたものだと感心した。

 その横で、弓乃ちゃんがダンボールに慎重にペンで何かを描いていた。同じお菓子屋さんをしているのかと声を掛けると、

 弓乃「私は、お菓子屋さんじゃなくて、クレープ屋さんだよ。」

 ダンボールには、「ちょこ」「いちごちょこ」と、美味しそうな商品名が並んでいた。

 弓乃「クレープ屋さんがあったら、いいなーって思ったから作ることにしたんだ。」

 保育者「先生も、クレープ大好きだよ。美味しいよね。」

 弓乃「でも、本当は本物を売ってみたいんだ。」

 保育者「そっか。そうだよね、本物を売ってみたいよね。」

 そんな会話をした数日後、園庭の山桃が食べ頃を迎えた。熟れた山桃を見ながら、玲音ちゃんと昨年度のあかぐみで作った「山桃パンケーキ」の話題になった。

 玲音「あのパンケーキ美味しかったよねー。」

 保育者「そうだったね。ピンクのパンケーキで可愛かったし、味も美味しかったね。」

 玲音「先生、また一緒に作ろよ。」

 その玲音ちゃんの一言が、弓乃ちゃんの「本物を売ってみたい。」というあの言葉と結びついた。お菓子屋さんの子どもたちと、クレープ屋さんの弓乃ちゃんで、山桃パンケーキを売ってみたらどうかと。

 早速、子どもたちに提案すると、「やってみたい!」「絶対やるやる!」「本物のお店屋さんになれる!」かぜグループの子どもと、先生の分と全部私たちで作るの?すごい!!」と、子どもたちも喜んでいた。

 昨日の夕方、「山桃パンケーキ」の最終打ち合わせを終えた後、「先生、製作コーナー使ってもいい?」と、お店屋さんのメンバーが言いにきた。「もちろん、いいよ。」と答えると、相談しながら何かを作っていた。

 「みんなで一緒に、いらっしゃいませーって言おうね。」「帰る時も、何か言わないと。」「ありがとうございました、また来てねって言おうよ。」と、当日をイメージしながら、店員として、どんな言葉を掛ければよいのか考えているようだった。

 保育者が見ていることに気がついた子どもたちが、

 紗英「先生、今ね、看板作ってるんだ。パンケーキ屋さん以外になんて書けばいいかな?」

 保育者「うーん、みんなで作りましたとか、手作りですとかはどうかな?」

 紗英「あー、いいね。それと、おいしく味わってねって書こうかな。」

 弓乃「私はね、帰るコースがちゃんとわかるように、お帰りコース案内の看板を作る!」

 遊びの時間が終わるギリギリまで、準備をしていた。

 いよいよ当日を迎えたお店屋さん。エプロンと三角巾をつけた店員さんたち、机拭きから、使用する道具を運ぶところまで、「お店屋さんって、こういうのもやるんだよね。」と、テキパキと意欲的に動いていた。

 山桃を潰して、種を取り除くのがこれまた大変。「颯太くん、指が疲れた。」「私も、疲れたよ。」「こんなに汁が出るんだね。」「真っ赤だー。」と言いながら、なんとか種を取り除くと、果肉と果汁をホットケーキミックスに混ぜる。「綺麗な色。」「もう美味しそう!食べたいなー。」と、期待の表情。そして次は、小さく丸くホットプレートで焼く。火傷しないように気をつけて、焦がさないように慎重に。焼いたも焼いた、その数60枚以上!!

 菜美栄・弓乃・紗英・颯太「疲れたー!!」

 保育者「みんな、よく頑張って焼いたね。さあ、いよいよお客さんたちやって来るよ。みんなで決めた言葉も忘れずに言おうね。」

 焼きあがるのを楽しみに待っていてくれたお客さんたちが、クラスごとにやってきた。

 最初は、緊張して「いらっしゃいませー。」が言えなかったが、「美味しい!」「綺麗な色!」のお客さんの言葉に緊張もほぐれ、「お茶も飲んでくださいね。」「食べ終わった後のお皿はこっちに置いて下さい。」と、自然に声を掛けていた。園長先生、副園長先生、お給食の先生、たくさんの人に食べてもらい、うみの子どもからは、「おかわりしたかったー!」と声が上がると、「お代わりはないんです、ごめんなさい!」と嬉しい悲鳴も上げながら、大盛況のうちにお店屋さんは閉店。

 お客さんが全員帰ると、みんなでパンケーキを食べながら、感じたことを楽しく語り合った。

 菜美栄「本物を作って売るのって大変だったー」

 颯太「でも颯太くん、楽しかった!」

 弓乃「みんな、喜んでたよね。」

 紗英「美味しいって言ってた!」

 保育者「みんなで役割分担しながら、お店屋さん頑張ったね。どう?またやってみる?」

 菜美栄・弓乃・紗英・颯太「大変だったけど、面白かった!!また、絶対やりたい!!」

 子どもたちの発想で生まれた「お菓子屋さん」「クレープ屋さん」。そこから、本物を売ってみるという経験に繋がった。子どもの興味や関心に保育者の思いが加わることで、さらに遊びが展開し、深まり、すると子どもたちは、また新たな面白さに出会っていく。そんな経験をたくさんしてほしいなと、パンケーキを頬張る子どもの顔を見ながら思っていた。

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