ゴミ収集車

 はなぐみの子どもたちに一番人気の車は、ゴミ収集車だ。ちょうどはなぐみ保育室の大きな窓から、ゴミを回収していく様子がよく見える。大きな音を立てて、ゴミを飲み込んでいく様子は格好良く見えるようで、作業が始まると固唾を飲んで見つめるのが恒例だ。散歩でも頻繁に遭遇し、作業員の方が子どもたちに手を振って応えてくれる。

 そんな身近で大好きなゴミ収集車でごっこ遊びをしようと、先日、ダンボールを使って、簡単なゴミ収集車を作ったのだが、あっという間に壊れてしまった。引っ張り合っているうちに、少しずつ破れてしまったようで、そこから折ったり破ったりする遊びになってしまったようだ。もっと頑丈に作るべきだったと反省しつつも、保育者と一緒に楽しく作ったゴミ収集車を、もっと大切にして欲しかったという思いもある。

 大きなものをダイナミックに壊す面白さも理解できるが、子どもたちの気持ちの中には、ゴミ収集車でもっと遊びたいという気持ちもあったはず。壊れたゴミ収集車を見た時の残念そうな表情がそれを物語っている。

 大切に使うことで、好きな遊びが存分に楽しめる体験もして欲しい。そしてそのことが、自分の願いや思いを大切にすることにもつながっていることを感じて欲しいと思い、子どもたちに相談を持ちかけた。

 「どうして壊れちゃったのかな?」という問いかけに、「キックしたからだよ」「僕もキックしたから」「〇〇くんもキックしてた」「ビリビリしちゃった」という答え。遊べなくなった理由はちゃんとわかっているようだ。こんな風に自分たちの行為を振り返り、客観的に考えることもできるようになってきているのだ。やはり少し後ろめたさも感じているのか、顔を横に向けたまま答える子もいる。

 あの時は壊すことが楽しくて、思わず目の前の楽しさを優先させてしまうのも、この年齢の子どもたちの等身大の姿。さらにその先の楽しさへ想像力を働かせることは、まだ簡単なことではないのかもしれないが、こういったことを繰り返し経験をしていくうちに、学んでいくのだろう。

 壊れたゴミ収集車は、まだ棚の上に置いてある。子どもたちがその存在を忘れてしまわぬうちに、どうするのか聞いてみようと思った。子どもたちと一緒に作ったのだから、保育者が勝手に捨てたり直したりはできない。

 「もう一度ゴミ収集車で遊ぶか、おしまいにするか、どうしよう。また遊ぶなら、修理しなくちゃいけないね。」という保育者の言葉に「修理したい!」「遊びたい!」とやる気満々な答えが返ってきた。ゴミ収集車ごっこが大好きだったのだから、もちろん直して遊びたいに決まっている。

 「でも、せっかく直しても、また壊れちゃったら先生は悲しいよ。また遊べなくなってしまうよ。」と保育者の気持ちも伝えてみる。すると子どもたちからは「壊さない」「大事にしよう」「修理して遊ぼうよ」という言葉が返ってきた。

 こうしてゴミ収集車は修理され、今度はしっかりと段ボールを固定して、前回よりも丈夫なものに仕上がった。

 するとすぐにゴミ収集車ごっこが始まった。ゴミを用意する子、運転手、回収する子、ゴミ収集車にお客さんのように乗っている子など、不思議と役割が自然に決まっていく。そしてその役割を入れ替わりながら、遊びが進んでいく。

 「ウイーン」とゴミ収集車の蓋を開け、閉めるときには「ガシャン!」と大きな声で迫力いっぱいだ。バックするときは「ピピー、ピピー、ピピー」と本格的に演じている。

 初めは一人一人が勝手に音を口にしていたのだが、時間が経つに連れ、声を揃え始めた。笑顔を交わしながら「ウイーン、ガシャン!」と、相手の目を見てタイミングを合わせることができているのだ。それも4、5人の子どもたちが一緒になって。

 一人でゴミ収集車を演じるより、友だちと息を合わせて一緒に演じることの楽しさをわかってきたのだろう。キャッキャと笑いながら、何度もゴミ収集車の動きを真似、忙しそうな子どもたちだった。

 他の段ボールも使い、それぞれが運転手になって自由に動き回りながら、「出発するよ」「早く乗ってください」「待って〜、今乗るよ」「ゴミを入れるから待っててね」「早く入れてね」など、会話も楽しんでいた。

 すると、窓の外の駐車場には、タイミングよく本物のゴミ収集車もやって来て、いつにも増してそれに釘付けになっている子どもたちだった。

 こうして遊ぶ中で、また壊れてしまうこともあるだろう。もしかしたら、また、ビリビリと破ってしまうかもしれない。けれども、子どもにとってその遊びが心から楽しいものであったなら、壊したり、直したりの繰り返しの中で、物を大切にする気持ちが少しずつ育まれていくのではないのかと考えている。

 プール遊びでは、布に空気を入れて膨らませ、そこからぶくぶくと泡を出して遊んだ。

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