真似るは学ぶ?

 今日は比較絵を描いた。

 比較というのは、他者との比較ではない。この時期に描いた担任の顔の絵と、年度末に描く担任の絵を並べて、子どもの成長を感じようという主旨の絵である。

 子どもたちが絵を描く姿を見る機会は貴重だ。いつも絵を描いている子もいるが、ほとんどの子は、保育者からの働き掛けや、環境設定がないと遊ばない。そんな訳で、しろぐみの子どもたちが絵を描く姿を見るのは初めてと言っていい。「子どもたちはどんな絵を描くのだろう」という期待もありつつ、「自分の絵に自信が持てず、描くことを嫌がる子が多いのではないか」という不安もあった。なぜなら、担任が何かの遊びを提案しても、「できない」「嫌だ」という言葉がよく聞かれるからだ。

 一斉に描けばすぐに終わるのだが、一人ひとりの絵を描く姿を、じっくりと観察したいと思い、遊んでいる中から3人ほどに声をかけた。席が空いたら他の子を呼ぶ。

 実際に始めてみると「描きたい」と言いに来る子が多く、最終的に全員が描き終えた。3人ずつしか描けないという環境を特別に感じたのか、たまたま、描きたい日だったのか、理由は定かではないが、保育者としては私が担任だったからだと信じたい。「こいつは、どんな絵を描いても認めてくれる」という信頼感が芽生えた…と思いたい…

 光義くんが絵を描きに来た。勢いよく描き始めたものの、思い通りに描けなかったのか手が止まった。しばらく止まっていたが、周りを見回し、何かを見つけた様子で紙を裏返し、絵を描き始めた。

 書き上がった絵は、隣に座っていた柚希ちゃんの絵にそっくりだった。

 「かけた。」

 「う、うん。この色なんて先生の顔色にそっくり。(真似なんてしなくても良かったのにな。)じゃあ、飾るから預かるね。」

 そんな保育者の気持ちを察したのか、「もう一回描きたい」と言ってきた光義くん。

 今度の絵は、先ほどより短時間で描き上がった。すると、「さっきの絵をこれと交換して欲しい。」という。

 「もしかして、やはり真似していない方の絵を飾りたくなったのかな。」と喜んでいる保育者に、光義くんが一言。

 「うわーこの絵(今描いた絵)下手だなー。こっちの上手なの持って帰りたい。」

 つまり、「柚希ちゃんの真似をして上手に描けた。それを持って帰りたい。しかし、それでは作品を飾りたい保育者が困るだろう。だから、もう一つ絵を描いて、それを交換して飾ってもらおう。」ということ。

左 光義作 右 柚希作

 そんな気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う半面、光義くんなりに色々考えたのだろうと思うと、思わず笑ってしまった。

 そもそも、「学ぶ」の語源は「真似る」から来ているらしい。真似ることは学ぶこと。光義くんは、色々考え、真似し、学んでいる。そう思うと、彼の横顔がいつもより凛々しく見えた保育者だった。

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