自分のタイミングで

 昨日の造形活動で、あおぞら、とりの一通りの子どもたちが絵の具に触れた。

 そして、今日がまさに、絵の具遊びをするチャンス!連日絵の具を出すことで、子どもたちの姿はどう変わるのだろう?「絵の具は昨日もやったから、今日は他のことをしようかな。」「あ、また絵の具遊びができる!」「お友だちの姿を見たら、昨日の楽しかったことを思い出した。」etc…。子どもたちのいくつかの思いを想定した。

 今日は朝から日差しが強く、園庭では水鉄砲を楽しんでおり、製作コーナーでは、折り紙や切り紙などに夢中になっていた。それぞれが興味を持ったことに関わっている。

 そんな中、テラスに絵の具ワゴンを出し、絵の具の補充をしていると、数名の子が声をかけてきた。「あ、絵の具やりたい。」「絵の具が固まらないように混ぜるね。」必要な準備を自分から行っている。
 今までと違うのは、殺到しないところ。今、絵の具をやりたいと感じている子が、そこに集まっている。

 日常に、表現方法の選択肢が一つプラスされることで、より豊かな日常となればと思う。絵の具はあくまでも選択肢。やりたいと思った時に、手に取ることができればいい。そんな日常に少しだけ近づけたような気がした。

 今日は、午前中、ずっと絵の具ワゴンを出しておいた。クラス活動までの時間、クラス活動が終わってから給食までの時間。やりたい時に、そこに行けば絵の具にさわれる。
 これを日々継続していくことが、さらなる日常となるのだろうと思う。

 今日も、描く子は、画用紙を何枚も使いながら、表現に没頭していた。その様子を見て、「やっぱりやってみようかな。」と参加をする子もいた。

 あおぞら、とりがクラス活動時間となり、ワゴンが空いた時、園庭にいたうみの子どもたちにも絵の具遊びを誘いかけてみた。以前から、興味深げに覗き込んでいた子もいたのだが、殺到し、使い方も混乱している状態だったので、うみの子どもたちには少し待ってもらっていた。声をかけると、数名の子が参加をした。パレットや筆、バケツの使い方を伝えると、要領がよくわかっている子が多いのに驚いた。あおぞらやとりがやっているのを見て、覚えていたのかもしれない。

 こうした日々を過ごしていくことで、少しずつ、うみの子どもたちにも、絵の具のある日常が広がっていけばと思う。

 今日も興味深い姿があった。まず、筆の使い方に変化があった。玲音ちゃんは、腕や手の一部をテーブルに付けて固定し、筆の先を使って、細い線を描いていた。何と、人物の五本の指まで。先から挑戦していたのだが、2枚目の方が明らかに指が綺麗に描けている。筆も、使いようによっては様々な線が描けることを体得している瞬間だった。

 また、こんなエピソードもあった。保育者が絵の具の瓶を拭いていると、菜美栄ちゃんが、「色の順番に並べておくね。」と声をかけてきた。絵の具の順番とは一体どういう意味なのかを聞くと、「色には仲間があるんだよ。」とのこと。「ピンクと赤は仲間なの。」「青と水色も仲間。この順番でいいと思う!」。そこには、ケースの中の新品の色鉛筆のような、綺麗な色ならびの瓶たちがあった。日々、色と関わって過ごす中で、「暖色」と「寒色」の分類や色のグラデーションにも感性を広げている姿があった。

 表現は、想像以上に奥深い。

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