宝探し

 今日は保育者が見ていた天気予報では一日曇り予報。今日は散歩に出かけようかと子どもたちと話していたのだが、朝の会が始まる直前になって、ちらちらと小雨が降り始めたので、急遽予定変更。子どもたちと室内でみんなで楽しめることを話し合った。以前から理桜子ちゃんがみんなで宝探しをして遊びたいと話していたので、それも子どもたちに提案してみると、やってみたいという子が多く、今日は宝探しで楽しむことにした。

 今日は子どもたちがそれぞれ思い浮かべる宝物を作り、それをみんなで探すことにした。早速、宝物作りに取り掛かる子どもたち。蓮己君は大好きな電車、詩織ちゃんはスズランテープを丸めて宝石、玲音ちゃんと紗英ちゃんは白い紙にダイヤを描き、それぞれの好きなものや宝物から連想するものを作っていた。

 しかし、ここで保育者は重大な問題に気づく。作った本人にとっては、それは宝物なのだが、他児にとってはどうだろうか。電車が大好きな蓮己君にとって、電車は宝物と言えるほどの価値のあるものかもしれないが、そこまで興味のない詩織ちゃんにとってはそうでないかもしれない。それぞれの価値の基準で作り出した物で、果たしてそれをみんなが宝物だと共通認識を持ち、このゲームを楽しめるのだろうか…。そんな不安を抱えながら、次々と宝物を完成させていく子どもたちに焦る保育者。

 全員が完成させたところで、とりあえずそれぞれが作った宝物を1つずつみんなに紹介し、今からこれを探すのだということを伝えた上でゲームを開始した。いざやってみると、思っていたより混乱なく、しっかりそれぞれを宝として認識して見つけていた。しかし、やはり自分で作った以外の宝物を見つけた時の子どもたちの反応からは、そこまでの歓喜を感じなかった。誰がどう見ても宝物だとイメージしやすいもの、魅力を感じられるものであったら、みんながもっと楽しめたのかもしれない。遊びの中で使う小道具1つによっても、遊びの充実度は変わってくることを実感した。

 今度遊ぶ時は、事前に宝物のイメージをみんなで話し合ってから作り始めてみようと思う。

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