魚公園へ!!

 「今日は、お魚を見に行こうと思っているんだけど、どうかな?」と子どもたちに尋ねてみた。最近は、虫や花の観察をじっくりと行なっていたため、歩く距離が短かった。たまには「目的を持って歩く」ということに重点を置いて散歩してみようと思った。

 目の前のことに気持ちが奪われるので、目的を忘れてしまいがちなのだが、最近は少しずつ、見通しを持って行動できるようになってきたように感じる。出発する前に、こうして話をすることで、行き先に向かって歩くことができるだろうか。そんなことを考えながら子どもたちの返事を待った。

 「お魚公園行きたい!」「お魚見たい!」と口々に答える子どもたち。「お魚までは遠いから、沢山歩かなければいけないんだけど、頑張れそうかな?」との問いにも「大丈夫!」「いけるよ」と頼もしい声が聞かれる。

 果たして本当にたどり着けるのか?玄関前でもう一度、子どもたちにインタビューした。「今日はどこに行くのでしょうか?」と握り拳のマイクを向けると「お魚公園!」と飛び跳ねながら答えた。

 今日はいつもと違う姿を見ることができそうだと期待しながら園を出発した。遊歩道に出ると、走り出す子どもたち。いつもなら、地面の虫を見つめ、花に触れてゆっくりと進むのだが、今日は先に進むことに気持ちが向いているのだ。  

 少し走ると、体力差から、ゆっくりと歩く子もいる。すると、先を走っていた子どもたちが戻っていき、手を繋いで一緒に歩き始めた。

 その表情には焦りはなく、ゆったりとしている。どちらかが引っ張るように歩いているわけではない。決して、歩くのが遅い子の面倒を見ているわけでもなさそうだ。友だちと一緒に公園へ行きたいという気持ちが行動になっているのだと感じた。

 分かれ道では「こっちだよ」と保育者や友だちに方向を知らせる姿もあった。「こっちだね」指差しなどの身振りを交えて子ども同士で教えあいながら「よし、行こう」と保育者を誘う。なんと頼もしいのかと嬉しくなって、子どもたちの後をついていく保育者。 

 飛び石が並んだ場所では、保育者が先頭になって忍者のように歩くと、子どもたちも後ろから忍者になりきって石をジャンプしている。

 歩くペースが予想より早かったことに驚いていると、虫を見つけた子どもたちが、いつものように虫の観察を始めた。やっぱり、これが2歳児の姿だ、と今までと変わらぬ姿に少し安心したような気持ちになる。目的地はわかっているのだが、やっぱり目の前の虫や花の魅力には勝てないようだ。

 一緒に虫の観察をしていると、少し後ろで篤煌くんが転んでいる。保育者が助け起こそうとすると、嫌がる篤煌くん。不思議に思っていると、子どもたちが助けにやってきた。するとニンマリといたずらっぽい顔を見せ、友だちに両腕を支えられて篤煌くんが立ち上がった。

 保育者ではなく、友だちを求めていたのだ。その後も、何度もわざと転んでは友だちに助けてもらっていたのだが、その時の篤煌くんも助け役の子どもたちも、「あ、大変だ!」「大丈夫?」と演技がかったことを言いながら、まるでごっこ遊びのように繰り返していて、保育者は大笑いしてしまった。まるで、目的地に向かうために、困難に立ち向かっている演技をしているかのようだ。

 友だちと様々に関わり合いながら、無事に大田切池に到着することができた。大きな魚を見つけ、枝を持って魚釣りごっこをした。

 行きたい場所を意識して散歩をすることで、友だちとの関わりがいつもと違ったものになっていた。手を繋いだり、転んだ友だちを助けたり、助けられたり、どっちの道なのかを誰かと考えたりする。到着するまでのやり取りに、ただ歩くだけではない、散歩の醍醐味を感じた。

 園庭グループは水遊びや固定遊具で遊んでいた。

 きのこ公園グループは、行き帰りの道やスロープを走って遊んだり、公園のブランコで遊んだ。

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