短距離散歩

 先週に引き続きとりで散歩に出かけた。前回は、大田切池やパークセンターや階段を登って見晴らしの良いところへ向かうなど、移動距離の長い散歩だった。たどり着いたポイントごとに一端広がって探索をするが、移動する時は素早く(とはいかない時もあるが…)集まり、協調性を保ちながら歩く姿にたくましさを感じた。

 今回の目的地はうずまき公園という短距離の場所。そこで1時間、のんびりと過ごした。到着すると、いつもの友だちを誘ったり、自分の行きたい場所に向かって行ったりしながら、遊ぶ姿が見られた。一つの場所に留まって遊ぶということは、その分、自分の関心事に向かっていける時間が多くあるということだ。その姿を見ていると、個々の性格や好きな遊びがよく分かる。

 颯太くんはうずまき公園の溝に着目した。颯太くんは最近この辺に越してきたばかりなので、この溝が何なのかを知らない。しかし、颯太くんは「これは水が通る道なんだよ!」と、以前から知っていたかのような発言をした。溝=水が通る道という発想をしたことに驚いた。

 渦の中心に立ちながら、力説している姿を見て、なぜそう思うのか聞いてみると、渦の中心の濡れた跡を見て、雨が溝を通って流れてきたのだと考えたようだ。

 そこに、たまたま太くて長い枝がたくさんあったのだが、それが焚き火の跡のようにも見えたようで、「焚き火の火を消すために、水が流れるようになってるんだ!」とも予想していた。溝に興味をそそられ、それが何なのか、自分の持っている知識を組み合わせながら推測している姿に感心した。

 さらに、渦はどこまで続いているのか疑問が湧いているようだったので、渦の中を一緒に歩きながら探ってみることにした。「(きっと)あそこの石まで続いてるんだ!」「(きっと)この先は(幅が)広くなっているんだ!」と仮説を立てながら先へ進み、想像力を膨らませていた。溝の先を最後まで突き詰めようとすると公園から離れてしまうので、今日はそこで留まったが、いつか仮説を検証したい。

 一方では、花をたくさん集めている女の子たちの姿もあった。下を見ずに歩けば踏んでしまいそうな小さい花を一つずつ集め、花束にしていた。花の種類は様々で、まるでブーケのようだった。

 「見てこんなかわいい花もあったよ。」「ほんとだ!かわいい〜」「私のも見て!」「この花、〇〇ちゃんにあげる!」と会話をしていた。友だちのものに共感することで、自分が見つけたものにも共感してもらいたい。自分がかわいいと思ったものを共有したい。そんな思いが会話の中から感じられた。お互いの思いを認め合うことで友だちとの関係を築いていくのではないかと感じた。

 同じ場所で1時間過ごすのは長いのではと感じていたが、誰1人「早く帰りたい。」「飽きた。」という声は上がらなかった。面白い遊び、楽しい遊びをたくさん経験してきた年長児だからこそ、自分たちで遊びを変化させながら、それをみんなで持続させていく力が育っているのだと感じる。だから、それを見守る保育者の1時間も、あっという間に感じたのではないだろうか。

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