右か左か

 園周辺の散歩。雨上がりの濡れた路面を小さな水しぶきをあげながら歩いていく。晴れた日は、水のない水路に降りて虫を観察したり、岩を登り降りしながら歩くのがいつものコースだ。

 保育者が先に水路に降りてみると、水路の泥がさっきまでの雨で濡れていて、とても滑りやすい。

 子どもたちはいつも通りに水路に降りて歩き始めたが、「濡れているから、とても滑りやすいよ。つるんと転ぶと危ないから、今日は上を歩こう」と声をかけてみた。

 というものの、心の中では「きっと水路を歩くだろうから、しっかり見守らねば」と考えていた。ところが驚いたことに、子どもたち全員、水路から出て遊歩道の端を歩き始めた。

 保育者の言葉を素直に受け入れる姿に拍子抜けしつつ、「濡れていて危ない」という状況を想像し、自分なりに考えてみたのではないかと感じた。決して保育者に言われたからというわけではないように思うのだ。

 今日は、道の選択や歩く場所も子どもたちの考えを聞いて進もうと思った。子どもたちはどんな道を選ぶのか。「石のお山登ろう」「あっちには新幹線の石があるよ」と次々と目的地が言葉になって出てくる。そんな言葉を聞いた他の子どもたちも、「どこどこ?」と集まってきて、一緒に歩いていく。保育者も一緒に「どこどこ?」と子どもが選んだ場所へと案内してもらった。

 そんな風に順調に歩みを進めてきたのだが、ついに、目の前に分かれ道が出てきた。右と左で意見が割れ、立ち往生する子どもたち。

 「困ったね。こっちに行きたい人と、あっちに行きたい人がいるのね。どうしよう。」と保育者も困惑。「絶対にこっちがいい!」と主張する子。何も言わず行きたい方に数歩進んで、口をまっすぐに結んでいる子。保育者の隣で、どっちでもいいよ、というように左右を行き来する子。

 保育者がどちらとも決めず、「どうしようか」と一緒に迷っていると、子どもたちの意見がだんだんと変わっていく。右と言っていた子が左になったり、左と言っていた子が右になったり。

 そうこうするうちに、左に進みたい子は一人だけになってしまった。このまま、多数決でなんとなく人数が多い方に決まってしまうのかなと考えながら、子どもたちの様子を見ていた。左に行きたい最後の一人は、どうにも譲ろうとしない。強い意志があるようだ。

 保育者は相変わらず「困ったね、どうする?」と言ってばかりであてにならないので、子どもたちがまた意見を変え始めた。今度はみんな「やっぱり〇〇くんと一緒に、こっちに行く」と左を選択し始めたのだ。なんと結局、全員が左に行くということになり、「行こう行こう」と軽やかに駆け出した。

 大人が決めてしまうのは簡単だが、信じて待ってみたことで、ちょうど今この時の、子どもたちの力を感じることができた。相手の思いを聞き取ったり、自分はどうしたいのかを伝えたりできるのだ。子どもたち等身大の話し合いを聞くことができて嬉しく思う保育者だった。

 背比べをして遊んだり、目の前にやってきた鳩の動きを真似て、みんなでお尻をフリフリしたり、笑いの絶えない散歩だった。

 見晴橋や園庭で遊んだグループは、木の実を拾ったり、雨上がりの水たまりを鏡にして遊んだ。電車もたくさん見ることができて大満足の子どもたちだった。

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