絵の具とクレヨンとダンボール

 今日はこいち先生の造形遊びの日。こいち先生は蜜蝋で作ったというクレヨンを持ってきてくれていた。

 このクレヨンは普段使っているクレヨンとは違う点がいくつかある。

  • 少し硬い
  • 透明感がある
  • 多色を塗り重ねても濁らない
  • 指でこすっても伸びにくい
  • ベタベタせず、手に付きにくい

 ということを教えていただいた。人それぞれの好みはあるが、透明感やサラッとした感触を私は心地よく感じた。

 今回はそれを絵の具と組み合わせ、クレヨンが絵の具を弾く面白さを伝えてくれた。

朝の会の後「今日は何するのー?」と造形活動があることを知った子どもたちは、すぐに関心を持って集まってきた。

 こいち先生「今日はクレヨンも用意したよ。まずは自分の席を見つけて紙を置いて。それから絵の具を取ってきてね。」

あっという間にこいち先生の周りには子どもたちで溢れていた。「 先生、早く紙ちょーだい!」「パレットはどこー?」「どこに座ればいいのー?」と我も我もと早く取り組みたいという気持ちが、子どもたちの言葉から伝わってきた。

 2〜3人だった2日前の絵の具遊びとは大違いだ。子どもたちにとって、こいち先生の造形遊びは特別な時間なのだ。

 こいち先生が、クレヨンで引いた線の上に筆を走らせ、クレヨンが絵の具を弾く様子を見せると、子どもたちもすぐに真似をした。クレヨンを力強く描くと、絵の具がよく弾くというアドバイスを聞くと、細い線を描いていた子もすぐに力を入れて描いていた。

 子どもたちは思い思いに描いた線の上に、絵の具を塗り重ねていた。まっすぐな線を何本も描いたり、迷路のようにぐにゃぐにゃと曲がった線を描いたり、何色も使ったり、同系色で描いたり…同じ画材を使っても、個性の違いが現れる。

 こいち先生は弾き絵は、クレヨンで特別な形を描かなくても、絵の具を重ねる事で絵が浮かび上がり、それだけで表現になることを教えてくれた。これは、いわゆる「絵を描く」ことに苦手意識のある私のような人間にとってもとても嬉しいこと。気の向くままに走らせた線の上に絵の具を乗せるだけで、ワクワクするような作品が出来上がる。

 何枚も画用紙に描き上げている子どもの姿を見て、こいち先生はその傍らでダンボールを切り抜き始めていた。それに気がついた子どもたちは「これにも描いていいのー?」と新たな素材に触れることで、更に意欲が湧き出しているようだった。画用紙から素材が変わることで、また表現が変わるというこいち先生の仕掛けだった。

 さっそく、そのダンボールに絵の具を塗り始めた陽ちゃんは、丸い形のダンボールには色を変えながら弧を描き、長方形のものには、直線を横に伸ばしていった。形によって塗り方を変えていることに気がついたこいち先生は、すぐに三角形の切り抜きを用意した。子どもの興味関心に合わせて、その先の展開を予想し、すぐに材料を用意する手際はさすが専門家。

 こうして、たくさんの形を切り抜くと、今度は穴だらけの四角いダンボールが残った。それに目をつけた子どもたちは、その中に入ってみたり、何かに見立てたりし始めた。

 ガムテープを使いながら、詩織ちゃんは車、知咲ちゃんはネコの家、隼くんは箱を作ることにしたようだ。「じゃぁライトが必要だね!」「猫の家ならネコもいなきゃね!」「車ならタイヤをつける?」といった、さりげないこいち先生の言葉が、子どもたちの創作意欲を刺激していた。そして、そのダンボールの作品にも、クレヨンや絵の具で着色していった。

 最後まで造形コーナーにいたのは4〜5人だったが、人数が減った様子を確認して、顔を覗かせる子もいた。大勢の中よりも、少数の方が自己発揮ができる子もいるということをこいち先生は教えてくれた。

 造形はいつでも好きなタイミングで参加できる。程よい人数、気に入った素材など、興味の沸く道具など、それぞれが感じる好条件が重なる瞬間を、実は狙っているのではないかということに気がついた。

 イメージを形にしようと試行錯誤する造形遊びは、まさに自己表現の場でもある。

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