子どもの領分
「スプーン付けますか?」
パンや野菜の販売に混じって、夏を惜しむかのように、アイスクリームの移動販売車も出店し、子育てひろば「いずみ」は、いつも以上に賑やいでいた。
子どもを囲むこの場所で、世代や立場や所属をも越えて、地域のみんなが緩やかにつながっていくきっかけにと、フェスタと銘打った小さなイベントを定期的に開催をしている。4月の「さくらフェスタ」に始まり、5、6、7月と回を重ね、この日は「さよならサマーフェスタ」。
その中で参加者たちから聞こえてきたのは、在園する子どもたちとの触れ合いを求める声だった。
これは、子どもたちにとっても、新しい体験のチャンスかも知れないと直感した副園長は、まずはお散歩ついでに立ち寄ってもらったり、てるてる坊主や笹飾りなど、フェスタ会場の飾りを作って届けてもらったりと、この数ヶ月、子どもたちと「いずみ」とのつながりを、少しずつ育んでいたのであった。
そしてついにこの日、子どもたちが、アイスクリームの移動販売車を出店することになったいう訳だ。
実はこの出店にも紆余曲折がある(4・5歳児の日誌(ブログ)…8/29「アイスクリームを塗る」、9/1「我慢できない!」、9/9「明らかになったミッション」、9/20「最終章に向けて」、21「いよいよ開店!」参照)。
たまたま床に落ちていた画用紙と折り紙で、保育者が即興でアイスクリームを作ってみせたことから、この夏、4〜5歳児を中心に、このアイスクリームの造形活動が大流行り。
コーンの中のアイスを、色とりどりの絵の具で着色するようになる頃には、本物にも負けない色鮮やかな出来栄えに、すっかりこの遊びに魅了されていた子どもたち。「アイスクリーム屋さんやろうよ」と声が上がるのも時間の問題だった。
そうと決まると、得意の段ボールカッターを駆使し、商品棚などのお店作りが始まる。保育者が気に留めた新たな素材を持ち込む度に、子どもたちの表現力やその緻密さが、どんどんと深まることを目の当たりにする保育者たち。
「売りたい気持ちが我慢できない!」
そんな声が上がり始める頃には、お客さん役として当てにしていた3歳児の「うみぐみ」の子どもたちも、いつの間にやら、アイスクリーム工場の一員になっていた。すると4〜5歳児の間からは、「どうする、お客さん役いなくなっちゃったよ…」と困惑の声が。
そしてここから、別の運命の糸がつながっていく。その顛末を聞いた副園長から、フェスタへの出店のオファーが舞い込んできたのだ。
地域の人たちに販売するというこの新展開に、さてどうやって売るの?という話に。一人の子から「移動販売車というものを見た」と声が上がると、園の車を使えるのか、誰が運転するのか、遊歩道に車は入れるのかと、すぐに現実の壁に突き当たる子どもたち。そこへ、
「みんなのアイスクリーム屋さんだから、みんなができることで考えてみよう。」
その保育者の一言で、一気に風向きが変わる。すると、園庭遊びで使う小型のリヤカーの方を指差し「あれ、使えばいいよ」という子どもの声で見事に決着。
するとここで、以前にフェスタを覗いたという子から、野菜やパンを本物のお金で売っていたという重要な情報が。
「本物のお金渡されたらどうする?困っちゃうよ。」
みんなが考え込む中、ある子から、
「お金を作って、お財布に入れて渡せばいいよ!これで買って下さいって。」
その声に安堵した一同は、ここからお財布作りに突入していくのだった。
「ごっこ」なのだから、本物のお金を出されても…これは子どもたちにとっては、中々深刻な問題。
国内外を問わず、子どもたちが作ったものを、実際に地域社会へ販売するという保育実践や教育実践は実はよく耳にする。実社会の枠組みの中で思考させるという意味で、大人好みであったりもする。
一方で、自分たちの世界を、現実の世界へと近づけるのではなく、反対に周囲の人たちを、自分たちのごっこの世界に招き入れようという今回の子どもたちの決断は、実はとても思慮深い選択だったように私には思える。
友だちや家族と過ごす世界とは異なり、見知らぬ者たちが行き交う地域社会。今はまだ、手作りの紙幣で、自分たちの世界との間にしっかりと境界線を引き、一定の安心感を確保しながら、この地域デビューに挑んでいった子どもたちに、拍手を送りたい。
みんなができることを…それは、みんなのお店なのだから。
それは、このみんなでしか…できないことなのだから。
(園からの便り「ひぐらし」2022年9月号より)