隣りは何を

 芸術にスポーツに、とかく「秋」の頭には、「◯◯の」といった冠が乗せられる。特に猛暑・酷暑でじっと身を潜めた後とあっては、「さあ、ここから!」と、いつも以上に意気込みたくもなる。

 何事かに熱中したくなるのは、この爽やかで心地よい気候のせいだけではない。芽吹きの春の頃とは違い、周囲の草木たちの豊かな実りを目の当たりにすると、自分たちもなにかを結実させてみたい…そんな思いにも駆られるからだ。

 そして、秋の深まりと共にこの街も魅力的な素材であふれていく。鮮やかに色づく葉や実、足元に積もる落ち葉やどんぐりに、冬支度を始める虫たち…この地域の自然の劇的な変化が、私たちをお散歩へ、造形遊びへと誘っているのだ。
 3歳児クラスの日誌(11月22日「冒険だ!」)にこんなお散歩の風景が切り取られていた。

 出掛けから、「見て〜!ここに綺麗な花が咲いてる!」「見て!ここに緑の苔がある!ふわふわしてるよ。」「こっちにもあるかな?」「あ!地図がある!今はどこにいるかな?」と、いつも通る道なのに、まるで初めて発見したかのような口ぶり。そして「え、なになに?」と少し大げさに会話を弾ませていく姿に、思わず笑い出だしてしまう保育者。

 これも一種の「つもり遊び」。わざと何かを発見した素振りを交わし、暗黙のうちにみんなでそのイメージの世界を漂っていくというのは、実はものすごく高度な能力だと感心する。道中、ずっとこれが続くので、思わず「何しているの?」と問うてみると、「冒険しているんだよ!」という答えに、何とぴったりな表現かと納得する保育者なのだった。

 ごっこの中では、なぜかいつもより鋭い観察力や想像力を発揮して、いつも以上の発見を重ねていく。この子どもを引き上げる力が、ごっこ遊びの魅力なのだ。

 別の日に園庭で遊んだ「おおかみごっこ」。あの手この手で反撃を繰り出しながら、おおかみ役の保育者から逃げ回る子どもたち。その時の「私はもうやめたから。」「あ、やっぱりやる〜!」という声を思い出す時、給食前まで、夢中になってその遊びが繰り返された理由に気づくのだ…それは、それぞれのタイミングや間合いで、自由に遊びに出入りできたからなのだと。食事が始まってもなおその余韻に浸り、「おおかみが手を洗ってるよ」と指差す姿にも合点がいくのだった(3歳 11月21日「おおかみごっこ」)

 造形作家のこいっちゃんの「木はね、ピースしているんだよ」という言葉に刺激を受け、どんどん枝を分岐させながら、画用紙にクレヨンで樹木を延ばしていく。「今は紅葉だからオレンジで」などと言いながら、足りなくなると何枚も何枚も紙を継ぎ足して、天井も超えるほどの高い樹木になっていく。

 じっくりと描く者、溢れ出すイメージを次々に紙面に落としていく者、動物や虫を登場させ、枝の途中にその住処を建てる者、りんごゾーン、さくらんぼゾーンと一本の樹木を区切っていく者もいた。そんな個性的な樹々を眺めながら、保育者は思いを巡らす。

 活動の前に、実物の樹木を見せていたら、みんな似たものになってしまっただろうか。「あんな風には描けない」と投げ出してしまう者もいたかもしれない。

 もし絵本が置かれていたらどうだろう。手がかりになることもあるけれど、「こんな絵を」というメッセージを与えてしまったかもしれない。ねらいによってその導入も変わる…そのことに改めてに気づくのだった。「リスがいる木にはドングリが」「緑が赤に変わると秋」と、描きながら自分の発見を言葉にすると、それがまた樹木への関心を深めているように感じたと、日誌は結ばれていた(4・5歳 10月16日「どんな木?」)

 こんなお散歩はどうだろう。

 別の保育者に描いてもらった神子沢公園までの地図を頼りに、未知なる公園を目指して出発した散歩チーム。道中、子どもたちと地図を広げては、目印と照らし合わせながら進む。自分たちで見つけ出した公園に辿り着くと、いつも以上に充実した時間を過ごしたのだそうだ。

 そして翌日、撮り溜めておいた道中の写真を使って「お散歩マップ」作りを提案。途中で出会った「トンネル」「きのこ」「キリン」「なまず」「魚」「亀」などの写真をみんなで貼っていくと、ある男児がその地図の上で電車を走らせ始める。すると、ブロックの人形を手に横断歩道を渡ったり、なまずの像の上に座ったり、魚や亀の住む池を泳いだり…そんな遊びが周囲へと広がっていったという(2歳 11月20日「一枚の地図」)

 その場所がわからないという一見困ったような状況が、あれよあれよという間に、ユニークな活動へと転がっていく…まるで、それを狙っていたかのように。

 偶然を必然へと変えていく…これが保育の極意なのかもしれない。

 保育者の思考の秋も、深まっていく。

(園からの便り「ひぐらし」2024年11月号より)

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