綺麗になるため

 年末が近づくにつれ、園内のそこかしこで大掃除に勤しむ姿が、保育日誌のなかでいくつも拾われていく。

 自分の靴箱とコート掛けを掃除する3歳児。その奥からは、どんぐり、葉っぱ、石ころといった「宝物」がどんどんと顔を出す。「これ公園で拾ったやつ、忘れてた!」とそれぞれの思い出に大笑いしながら、みんなで雑巾を真っ黒にしていく…こんなおしゃべりを楽しみながら精を出すのが、大掃除の醍醐味と日誌は綴られていく。(12月25日「大掃除」より)

 またある日の4・5歳児、今日は大掃除という保育者の提案に「遊びたいのに」と不満げな数名。「だったら、楽しく掃除すればいいんだよ」と少し強引に押し返すと、マジシャンのごとく、「タネも仕掛けもありません」と新聞紙を取り出す。それをクシャッと丸めて濡らした窓を拭いて見せると、「綺麗すぎて、透明のプラスチックみたい!」と驚きの声。そして「ここも汚いよ。」「拭いたら綺麗に並べよう。」と、新聞紙片手に部屋のあちこちへと手を伸ばしていく。

 そして最後にスケートリンクのようにスイスイと床を雑巾がけする姿を見て、部屋の外を走る渡り廊下で「雑巾がけレース」を提案すると、もうひと盛り上がり。苦し紛れに発した「楽しく掃除」を、本当に実現してしまうみんなに感動する保育者。(12月19日「楽しい大掃除」より)

 さらに、こんなささやかな片付けの場面も拾われていた。

 棚の上にいっぱい飾られたたジスター(ブロック系の玩具)の作品は、週末には一旦解体するのがルール。それがそのまま残っているのを発見した3〜5歳の数人。早速、解体を始めたその一人から、バラしたパーツを「色で分けない?」と提案が。10色以上もあるパーツを、どうやって分けるのかと見守る保育者。

 最初は床の上に色別の山を作っていくのだが、3つしかない箱に気づき手が止まる。そこで緑、黄緑、黄を一つの箱に入れながら、「似ている色を集めたら?」と保育者。ところが、黒、赤、青、黄の4色を選んで「この方が綺麗でしょ?」と返す子の声に周囲も賛同すると、残りの色の分け方について相談が始まる。

 そして、「床の上も綺麗になっていくし、箱の中の色も綺麗になっていくね。」「綺麗になるって気持ちいいね。」と言い合いながら、どんどんと作業のスピードを上げていくのだ。片付けの背後にある、「美しさ」を求めるこうした感性の育ちが嬉しいと保育者は綴るのだった。(12月9日「綺麗に」より)

 年も押し迫った先日、そんな保育室の環境作りを取材したいと、保育雑誌の編集者とカメラマンが訪れた。特に0〜2歳児のお部屋をというのだが、2階のそこへと案内する道すがら、横倒しに吊るした木の枝に、色水の入ったなん色もの小袋が下がるオブジェに目に止めた編集者。それはまだ夏の頃、とあるクラスの4・5歳児たちが作ったものだった。

 春の頃の絵の具を使った色水遊びをきっかけに、朝顔を栽培して色水作りに取り組んでいった彼ら。それを入れた透明カップの内側に描いた水性ペンの落書きが、偶然水の中に溶け出したことで生まれたオリジナルな色水作り。そうしてでき上がったのがこのオブジェなのだ。

 そして、「こういった環境一つにも、実はその裏側には大きな物語が隠れている」最後にそう付け足した自分の言葉にはっとする。果たして今日の取材の中で、その物語の一旦がどこまで伝わるものなのだろうかと。

 0〜2歳の部屋に到着すると、準備されている様々な遊びや生活環境の意図や工夫について語る担任たちの声に、あらためて私もなるほどと耳を傾ける。

 そしてたくさん作ったそれを、各保育室に配って回ってもまだ足りなくて、子育てひろばに立ち寄る地域の人たちにもプレゼントしながら、自分たちの発見した色水の作り方まで教えていったのが秋の頃…その長きに渡る活動の連なりを、私も懸命に記憶を辿りながら目の前の二人に伝えていったのだった。

 その中には、置き換わる環境もあれば、受け継がれる環境もあって、0歳児の部屋へ久しぶりにやって来た2歳児が、壁にしつらえた指先を使う遊具に触れ、「懐かしい〜」と声を上げるのだという。

 そして、棚の上に写真をコラージュした手作りの小さなアルバムを見つけた。後は廃棄されるだけの掲示後の日常写真をこうして集めて、絵本棚に入れて置くのだという。そして翌年、進級先の保育室の絵本棚にそれをまたそっと入れておくと、ちゃんとかつての自分を指差しながら、何やら語り始めるのだそうだ。

 ここに横たわるモノたちの向こうにも、それぞれの物語が流れていた。

 その瞬間の経験を超え、時の移ろいすら含み込んでいくのがよき保育環境なのかもしれない。ただそれを知るためには、その傍らにそっと寄り添う、語りべたちの存在が不可欠なのだ。

(園からの便り「ひぐらし」2023年12月号より)

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