育てるのでなく
ふた月ほど前のことだったろうか、知り合いの園長から唐突にこう聞かれた。
「自己肯定感って、どうすれば育つと思う?」
何とも漠然とした彼らしい問いかけだなと思いながら、聞けば、子どもに関するある月刊誌の次号の特集が「自己肯定感」。その編集責任を任されたようで、その悪戦苦闘も交えながら、自分なりの考えを語ってくれた。
言葉というのは、その使われ方がこなれていくほどに、互いの持つ語義のイメージが、果たして一致しているものなのかと不安になることがある。保育や教育の中でしばしば登場するこの自己肯定感という言葉も、まさにそのひとつだ。言われてみれば、それを育てる保育実践とは一体どういった営みなのかと、その時、私も考え込んでしまった。
そんなことが頭に残っていたからだろうか、ある日の保育日誌を読み進めるうちに、ある記録から、ぼんやりと自己肯定感という言葉が立ち上がってくるのを感じた。それは、こんな記録だった。
ピンクのボールを持つ2歳の女児の後を追う、同じ2歳の男児の姿が目に入る。ボールが欲しいのかなと耳を澄ませてみると、小さな声で「ピンクがいい。」と呟いている。一方、取られては大変と逃げ回る女児。なかなか終わりそうもなかったので、「貸してってお話ししてみたら?」と彼に提案する。
すると、「貸して。」「後でね。」と半ば予想通りのやり取りに、これも経験と、もう少し本人たちに任せてみる事に。これで追いかけることはやめたものの、まだ諦めはつかない男児。何とか両者の思いに寄り添えるうまい方法はないものかと、思案しながら見守る保育者。
そこで、別のボールを用意しながら、交換してもらうことを彼に提案しようかと顔を上げた瞬間、牛乳パックで作ったピンクの積木を手に、まさに女児との交渉に入ろうとしている姿が目に入ったのだった。
すぐに、ハッとしたという保育者。ボールを欲しがっているとばかり考えていたが、実は、ピンクという「色」が欲しかったのだということを知る。そして、きっと相手もそのはずだと予想を立て行動していることもわかって、さらに驚き、感心しながら、やはり子ども同士の方が、互いをわかり合えるのかもしれないと、短絡的だった自分を振り返るのだった。
結果的にその交渉はうまくはいかなかったのだが、するとすかさず彼の元へ向かった保育者。そして、たった今目撃した、ピンクのブロックを手渡そうとする彼の行動をについて、「保育者の感動を伝えた」のだという。すると、すっと彼の気持ちも切り替わり、保育者と別の遊びを始めたのだそうだ。
するとしばらくして、また想定外のことが起こる。満足したのかその女児が、なんとピンクのボールを彼に手渡しにやって来たのだ。
そして保育者はその記録の中で、この瞬間を「感動が止まらなかった。」と表現するのだった(7月5日の日誌より)。
この感動はきっと、ただの偶然ではない。その背後に、要所要所で見通しや意図性を持った保育者の関わりや見守りがあることがわかる。頭をフル回転させながら洞察を重ね、二人が納得する関わり方を選び取っていったに違いない。たまたま、心温まる場面に遭遇したのではない。保育者の試行錯誤の末に、思わぬ形で辿り着いた「成果」だったからこその感動だったのではないだろうか。
また、彼の行動から得た気づきを、「褒める」のではなく、保育者の率直な感動として伝えたことが、うまくはいかなった交渉の価値というものが、きっと別の意味を持って本人の中に残ったのではないだろうか。そして、最後に欲しかったものが思わぬ形で手に入るという、ダメ押しともいうべき経験もできたのだ。
こういった経験こそが、やがて自信と他者への信頼感というものにつながっていくように私には思える。自己を肯定する深い思いというのは、他者との関係性(信頼感)に裏打ちされながら、一体的に育まれていくもののようにも感じる。そういう意味では、相手の女児もそれと同質の意味深い経験を積んだはずだ。
もし保育者が、ボールの取り合いをむやみに制止していたり、代替物を押し付けていたり、評価的に褒めていたのだとしたら、彼らの経験は全く別のものになっていたはずだ。周りから肯定的な眼差しを感じながら、安心感の中で自己発揮できる場が醸成されることが、自己肯定感を育む土台となるのかも知れない。
そして、ひと月ほど前、「例の原稿、書けた?」と突然かの園長から電話が入る。あの会話はそういうこと?!という驚愕の展開に慌てる頭の中で、すぐにこの日誌のエピソードが蘇ってきたのだった。
育てるのではなく「場で育つ」のが自己肯定感。その原稿にもう一つの別のエピソードも書き加えながら、最後をこう結ばずにはいられなかった。
「その傍らにはいつも、そういった場を創造するよき保育者がいる。」
(園からの便り「ひぐらし」2023年8月号より)